「教育課程部会におけるこれまでの審議のまとめ」に対する意見

平成19年11月29日

中央教育審議会 初等中等教育分科会
教育課程部会長 梶田叡一 殿

財団法人 日本宗教連盟
理事長 杉山一太郎

「教育課程部会におけるこれまでの審議のまとめ」に対する意見

日本宗教連盟について
財団法人日本宗教連盟(日宗連)は、昭和21年に創立した日本における諸宗教団体の連合組織です。教派神道連合会、全日本仏教会、日本キリスト教連合会、神社本庁、新日本宗教団体連合会の五つの協賛団体から構成され、日本における宗教法人数の90パーセント以上が参画しております。日宗連は、「新しい時代にふさわしい教育基本法と教育振興基本計画の在り方について(中間報告)」に対して、中央教育審議会会長宛に要望書(平成14年12月20日)を提出し、また意見陳述(平成15年1月22日)を行い、宗教について生きた学びをする「宗教文化教育」等の必要性を提案して参りました。

総論
さて、「審議のまとめ」には、今回の学習指導要領改訂の基本的な考え方として、改正教育基本法に新たに規定された教育の目標を踏まえた教育内容の改善や、「生きる力」をはぐくむという理念の共有などがあげられています。今日の子どもたちが置かれている状況をみるとき、それらは早急に進められなければなりません。しかし、「審議のまとめ」は宗教に関して、「社会、地理歴史、公民」の改善方針の中で、「宗教についての理解」という表現で言及しているものの、「道徳教育」の項目においては、道徳教育の改善・充実が謳われておりながら、人間社会における文化の根底にある宗教の位置づけについて、全く言及しておりません。社会科の中でしか宗教が取り上げられていないことは、問題としなければなりません。

学校教育における宗教の位置づけについて
改正教育基本法第15条1項においては、これまでの「宗教に関する寛容の態度」や「宗教の社会生活における地位」とともに「宗教に関する一般的な教養」が教育上尊重されなければならないと明記されました。また、同条2項が禁止しているのは、公立学校における「宗派教育」(特定の宗教のための宗教教育)であること、及び教育基本法改正を審議した昨年の国会質疑における政府答弁などを考慮すれば、新しい学習指導要領では、社会や道徳などの関連教科において宗教に関わる学習が、明確に位置づけられなければならないと考えます。
「審議のまとめ」においては、「各教科・科目等の内容」の改善点として、「レポートの作成などにおいて、国語科だけではなく各教科等が相互に関連性を保ち、それぞれの知識・技能を活用していくこと」などが提案されています。こうした改善点は、宗教に関する知識教育についても言えることであり、「宗教に関する一般的な教養」は、社会科の歴史分野だけではなく、国語、音楽、美術、英語などそれぞれの知識をとおして教えられるべきであると考えます。
たとえば、日本の古典『万葉集』の約半分は人々の死を悼み、嘆き悲しむ歌であり、中国の長編小説『西遊記』は、中国の宗教と文化に深く彩られており、国語科において共に宗教と文学についての教材になるものと考えます。さらに、ヨーロッパの美術や音楽をはじめ、歴史や思想の理解には、宗教に関する知識は欠くことはできません。
先の中間報告では、「宗教は、人類の文化遺産の重要な部分を占め、また、個としてどう生きるか、与えられた命をどう生きるかという実存的なものにかかわる重要なもの」と位置づけられていますが、上記のように具体的な教科活動をとおして、「宗教に関する一般的な教養」は高められていくものと考えます。
もとより歴史を顧みれば明らかなように、宗教と文化は密接不可分の関係にあり、宗教に由来する思想や哲学が文明社会を築いてきたという側面があります。近代科学の萌芽や民主主義の理念形成など、近代国家の核となる思想も宗教上の世界観に由来して形づくられてきました。現代においても宗教は、人々の自然観や世界観の形成に重要な役割を果たし、人間としての生き方の指針ともなっています。道徳教育に関する項目(57・124頁)で重視している「人間尊重の精神と生命に対する畏敬の念」を培うためには、宗教に対する深い理解が不可欠であることは言うまでもありません。それは特定の宗教に拠らずとも可能であり、例えば、文化としての宗教について学習する「宗教文化教育」というかたちで、あるいは、各宗教を知識として学習する「宗教知識教育」という形で、教育現場において実践に移してゆくことが、今後取り組むべき重要な課題であると認識しています。
こうした諸点を考えると、教員資格取得課程及び教員養成課程において国内外の宗教知識について幅広く学ぶことができるカリキュラムを導入し、教員自身が「宗教に関する一般的な教養」を養うとともに、社会科だけではなく、宗教に関する各教科の知識を相互に関連させて活用すべきであると考えます。
また、道徳教育に関する教材の充実も、その点を踏まえて進める必要があります。宗教の歴史には、今日の道徳教育の題材として取り上げるべき事例が数多くあります。道徳教育の題材として宗教にこだわる必要はありませんが、不必要に忌避する必要もありません。総合的な視点で教材の充実を図り、また、道徳や宗教や価値に関わる学習の教科化と教科書の作成についても積極的に検討する必要があると考えております。

まとめ
今日、教育分野をはじめとする行政の現場において、憲法の定める政教分離原則が本来の趣旨を超えて運用されるあまり、社会から宗教性を排除してゆくことがあたかも社会の進歩であるかのような誤解が生じているように感じています。こうした傾向が、教育関係者の宗教に対する無理解、教育現場における宗教教育軽視の風潮を生み出しているとすれば、極めて残念でなりません。
しかし、宗教は現代社会においても、人々の生活と密接に関わりながら生きて動いているのであり、特定の宗教に拠らずとも、宗教的な感性や情操が「いのちの尊厳」や「思いやりの心」の源泉となり、人々の精神面を支え、社会の規範ともなっているのです。このような価値や規範について学ぶことは、子ども達に宗教を押しつけることとはまったく異なり、宗教について客観的に学ぶ姿勢を養うことにもなるのです。
また、宗教に関することは、社会・地理歴史・公民や道徳はもちろんのこと、音楽や美術など様々な教科と密接な関わりがあります。社会の変化への対応の観点から教科等を横断して改善すべき事項として挙げられている項目の中においても、「環境教育」や「食育」などは、特に関係の深い分野と言えます。さらに一例を挙げれば、ユネスコの世界遺産には宗教や信仰に関わるものが数多く登録されていますが、日本もその例外ではありません。日本各地にある有形、無形の様々な文化財は、その多くが宗教に関係しています。これらのことに思いを致せば、社会における宗教の意義、重要性というものが自ずと理解されるものと存じます。
次代を担う子どもたちが宗教や宗教文化に対する理解を深め、豊かな情操や倫理観や批判的思考力を身につけ、そして「生きる力」を育んでゆくために、学習指導要領の改訂にあたり、以上の点につきまして充分審議をいただきますことをお願い申し上げます。

以上