第6回 宗教と生命倫理シンポジウム【要旨】

第6回 宗教と生命倫理シンポジウム

「いま、尊厳死法制化を問う」

要旨

 

ここ数年、死が近づきつつある患者に尊厳死を認めようとする人々と、これに反対する人々との間で議論が高まってきている。尊厳死の法制化を進めようとする国会議員連盟は、平成二十四年三月に尊厳死法案―「終末期の医療における患者の意思の尊重に関する法律案(仮称)」二案を公表した。その一方で、同法案の根幹ともいえる「終末期」の定義は未だに定まらず、また、尊厳死の問題は多くの国において、様々な分野にまたがる社会問題として、さらに、一人ひとりの存在と直結する問題として捉えられ、常に慎重な議論が交わされている。

こうした背景をふまえ、本連盟では、平成24年10月16日、國學院大學・常磐松ホールにおいて第六回宗教と生命倫理シンポジウムを開催。コーディネーターに島薗進・東京大学大学院人文社会系研究科教授を迎え、パネリストからは、宗教、医療、歴史などの視点による意見が発言された。

 

長尾和宏・日本尊厳死協会副理事長は、町医者として在宅医療のなかで日常的に行われる看取りの現場と、「平穏死」という死の迎え方について、自身の経験と著書『「平穏死」十の条件』を紹介。「尊厳死法制化」については、現在、家族の意思で延命治療や生きる権利は確実に保障されているが、本人の意思で「不治かつ末期」となったときに安らかに死ぬ権利は保障されていない。法律がなくても医師と患者の信頼関係で、本人の望まない延命治療の不開始による平穏死は日常的にあり得るが、延命措置の中止については、法的な担保がないため困難である。本人の意思を大前提のもと、リビング・ウィルの法制化つまり、法にもとづく延命治療の不開始や中止が行えることは必要である。積極的な法制化によって、本人の望まない延命であるならば、尊厳ある死を迎える権利も考えるべきだと述べた。

 

次に、加藤眞三・慶應義塾大学看護医療学部教授は、医師の立場として発表。本来の医療は、患者に対して医療情報を提供しつつ患者の自己決定を重んじる、患者中心の医療であるべきだ。また、情報の提供に伴う患者のスピリチュアル・ケアも同時に進行することが大事である。現在の終末期医療について言えば、ガイドラインも患者中心に考えられているとは思えない。尊厳死法案についても、医療現場が苦しむのは延命措置の中止のケースであり、どちらかというと医師の免責を考慮した法案で、患者の尊厳とはかけ離れている。本来は「生の尊厳」、または、個人の意思を尊重する医療が求められるべきであって、長尾医師が行うような臨床医療に共感するが、法制化に対しては反対との見解を述べた。

 

小松美彦・東京海洋大学大学院教授は、歴史的な視点から尊厳死法案について見解を発表。まず、「尊厳死」という言葉について考えてほしいと問題を提起。肉体的にも精神的にも苦痛に満ちた、尊厳を奪われた生であるのなら、安楽に包まれた死を選ぼうという発想であって、なぜ、「尊厳ある生」を追求しないのか。また、日本尊厳死協会の前身である日本安楽死協会とその思想について説明。「尊厳死法制化」とリビング・ウィルについては、不治の病・死に至ることが確実・当人の明確な要請(自己決定)の3点がポイントであるが、それは、一九三九年当時のドイツ帝国議会で審議された優生政策に基づく「ドイツ安楽死法案」(廃案)の内容に類似している点を指摘。また、臓器移植法との関連から、将来的に自己決定権がなくなるのではないかとの危惧を表明。「人間の尊厳」とは何かを、長期脳死の子どもの手記を紹介しながら、問題を投げかけた。

 

戸松義晴・浄土宗総合研究所主任研究員は、一人の人間として僧侶として、この「尊厳死法制化」の問題の難しさと、戸惑いの心情を吐露。宗教界が「尊厳死法制化」をどのように考えるか、二〇〇六年に読売新聞が行った宗教団体対象のアンケート記事「尊厳死立法に宗教界は」を紹介。それぞれの教団が微妙な表現であり、慎重な姿勢がうかがわれると説明。一方、法制化については、現在のリビング・ウィルの文書表明率が、日本では〇・一%である事実を考慮すると、法制化がなされてその率が変わるかどうかの問題を指摘。国民の多元的な価値観、生き方等を法律によって阻害される危惧と、命のことを法律で決めることに違和感があると述べた。また、実際には、医師と患者、その家族との信頼関係だけではなく、介護や看護の現場、ケアとの協力関係の中で患者の尊厳が守られるものであり、あるいは、終末期の段階ではなく、生前から行う事前準備のプロセスの時点で、積極的に宗教者も係わることが必要ではないか。協働して一人一人の思いを具現できる社会の実現が必要であると提言した。

 

公益財団法人日本宗教連盟

「第6回宗教と生命倫理シンポジウム」要旨  (文責事務局)

平成24年10月16日・会場 國學院大學 常磐松ホール

※無断複写等はご遠慮ください。本文引用の場合は出典を明記してください。