「次期学習指導要領等に向けたこれまでの審議のまとめ」に対する意見

平成28(2016)年10月31日

中央教育審議会
初等中等教育分科会教育課程部会
教育課程企画特別部会主査  無藤 隆 殿

公益財団法人 日本宗教連盟
理事長 植 松  誠

「次期学習指導要領等に向けたこれまでの審議のまとめ」に対する意見

日本宗教連盟について
公益財団法人日本宗教連盟は、昭和21年に創立した日本における諸宗教団体の連合組織です。教派神道連合会、全日本仏教会、日本キリスト教連合会、神社本庁、新日本宗教団体連合会の五つの団体で構成され、日本における宗教法人数の90パーセント以上が参画しております。当連盟は、平成15年1月に行われた教育基本法改正に伴う中央教育審議会基本問題部会等において意見陳述を行い、「宗教知識教育」や「宗教文化教育」についての公正な学びの必要性を要望してまいりました。
総 論
このたびの学習指導要領等の改訂にあたり、「伝統や文化に立脚した広い視野を持ち、志高く未来を創り出していくために必要な資質・能力」を育む教育を目指すのであれば、伝統・文化の根底にある我が国の宗教に関しての公正公平な「宗教知識教育」と「宗教文化教育」の推進は避けて通ることはできないと考えます。教育基本法第2条第5項には「伝統と文化を尊重し」と明確に定められており、この基本法の目標を達成するためにも欠くことのできない要件です。
グローバル化が進行するなか、国際交流の場においては、対話の促進と相互の信頼醸成のために、さまざまな民族や宗教、歴史的・文化的背景を持った人々と接触し、宗教文化や信念を背景として生きる人々を理解することが必須の条件となります。そのためにも、世界の主要な宗教に関する知識理解は欠かせません。
子どもたちが、豊かな情操や倫理観を持ち、物事を多面的・多角的に吟味し見定めていく力を身につけ、多様な価値観をもった他者に対して寛容的な態度をとり、互いに思いやりながら協働し、「自立的に生きるために必要な生きる力」と人間性を育むためにも、公正な「宗教知識教育」並びに「宗教文化教育」が行われることが必要です。このことにより、宗教的な感性や宗教的情操が涵養される基礎が育まれるのです。
1、 グローバル化社会で国際人として必要不可欠な一般的教養としての「宗教知識教育」を身につけるとともに、多様な価値観に寛容である態度を育てる
総論で述べたとおり、子どもたち一人ひとりがグローバル化社会で活躍できるようになるためには、初等中等教育等における宗教に関する知識教育が公正に行われ、宗教に関する一般的な教養を身に付けることが必要不可欠であると考えます。国際的なビジネスシーンを例に見てもわかるように、宗教に関する一般的な教養は、相手の価値観や思考の傾向性を理解するために心得ておくべき事項であります。また、国際社会のなかで「持続可能な開発のための教育(ESD)」に参加していくのであれば、一人ひとりの価値観や違いを受入れ、相互に寛容である態度を育成することが重要であります。
近年、宗教を名乗る一部の過激派組織が国際社会で無差別なテロ行為を繰り返すことによって、宗教=こわい、平和を脅かすもの、といった誤解や偏見が生まれていることを危惧しております。これらをただす意味でも、宗教に関する適正な理解を促す教育が今日ほど緊要な時はありません。子どもたちが宗教に関する適正な理解と相互寛容の態度を養うことができれば、互いの価値観を理解して多様性を尊重しながら協働する力や「生きる力」を育むことにつながっていきます。
「宗教知識教育」は、なんらかの信仰を強要するものではありません。一人ひとりの信教の自由が尊重されることが重要であります。
教育基本法の改正に関する中央教育審議会の平成15年3月20日付け「答申」では、「宗教に関する寛容の態度や知識、宗教の持つ意義を尊重することが重要」と明確に述べられています。今こそ、この見解が教育現場で実質化されることが求められているといえましょう。
2、 「社会に開かれた教育課程」では、「宗教文化教育」によって身近な社会を構成する一人として、他者との関係性のなかで共に生きる知恵を育てる
古来、宗教は、生活や伝統、文化、芸術に溶け込みながら、宗教的な感性や宗教的情操を涵養し、「いのちの尊厳」や「思いやりの心」を育み、人々の精神面を支え、社会の規範としても役割をはたして来ました。日本では、日常の挨拶で「お元気ですか?」「おかげさまで。」という受け答えがあります。「おかげさま」は、相手と自分、誰かと自分、という他者との関係性のなかに生かされていることを表す感謝の言葉です。日本にはそのような国民性や宗教性があるといえます。
地方から都市部への人口集中が進むなか、子どもたちが身近な社会を構成する一人として地域社会のなかでどのように協働し共に生きることができるのか、具体的に経験を積むことはたいへん有効であると考えます。他者との協働を通して、関係性のなかで生かされている自分に気づき、そのなかで生きていく知恵を育むためにも、「社会に開かれた教育課程」(「審議のまとめ」16頁)によって体験的な学習の機会が持たれることを期待しております。学校等をとりまく身近な地域社会の伝統や文化には、寺院や神社、教会などの、行事やお祭りといった宗教と関わり深いものがあります。そのような身近な文化に触れる「宗教文化教育」が行われることで、宗教文化をとおして地域に親しみを持つ良い機会となり、子どもたちのアイデンティティを支える一助となると思われます。
3、 学校教育における宗教の位置づけについて
教育基本法第15条第1項に、宗教教育については「宗教に関する寛容の態度、宗教に関する一般的な教養及び宗教の社会生活における地位は、教育上尊重されなければならない。」と定めております。また、同条第2項には、「国及び地方公共団体が設置する学校は、特定の宗教のための宗教教育その他宗教的活動をしてはならない。」と明記しておりますが、同条2項が禁止しているのは、公立学校における「特定の宗教のための宗教教育」であって、次期学習指導要領等において、宗教に関する一般的な教養を育むためには、必要かつ適切な「宗教知識教育」を実施すべく、配慮されなければならないと考えます。
また、このほど道徳の教科化に際し、「中学校学習指導要領解説 特別の教科 道徳編」(平成27年7月・文部科学省)の60頁には、「宗教について理解を深めることが,自ら人間としての生き方について考えを深めることになるという意義を十分考慮して指導に当たることが必要である。」と明記されました。宗教や思想は、数千年にわたり、人々の生活の指針となり、心のよりどころであり続けたのであり、人類の叡智ともいえるものです。ですから、このように道徳編に明示されたことは、大いに評価しております。次期学習指導要領等の改訂において、この「解説」の趣旨が具体化されることを強く望みます。
「審議のまとめ」によれば、教科・科目構成の見直しによって共通必履修科目に「言語文化(仮称)」、「公共(仮称)」が設定され、選択科目には人間としての在り方、生き方を学習する科目として「倫理(仮称)」等が設定されるようであります。宗教に関する一般的な知識や教養については、これらの科目で学習するだけでなく、国語・英語・音楽・美術・道徳などの関連教科において横断的に学ぶことが効果的であり、宗教知識や教養に関する学習が明確に位置づけられる必要があります。また、持続可能な開発のための教育(ESD)の一環として、「環境教育」や「食育」などは、宗教との関係性のなかで考察することで、アクティブ・ラーニングの教材の一つとして扱うこともできます。
以上のような横断的な学習指導ができるように、教職課程においても国内外の宗教知識について幅広く学ぶことができるカリキュラムを導入して、教員自身が「宗教に関する一般的な教養」を養うとともに、特定教科だけではなく、宗教に関する各教科の知識を相互に関連させて学習できるよう進めていくべきであると考えます。
むすびに
これまで述べてきたように、公正な「宗教知識教育」、「宗教文化教育」を行うためには、専門性があり学問的にも妥当な教材が必要で、特に教科書への適正な導入、及び、教員の十分な研修が欠かせません。これらの点については宗教界も協力を惜しみませんが、関係する学界からの指導や助言を求め、公教育における「宗教知識教育」の公正性を担保すべきものと考えます。
憲法第20条及び第89条の宗教条項(いわゆる、政教分離の原則といわれるもの)を厳しく運用するあまり、戦後一貫して、公教育において宗教に関する教育の扱いが軽視されてきました。憲法と教育基本法(第15条第2項)が禁止するところは、特定の宗教や一宗派のための宗教教育であって、中教審「答申」がいう通り、学校でも「宗教に関する知識、宗教の持つ意義を尊重することが重要」であり、このことから逃げ続けている限り、我が国における宗教教育の本来化は望むべくもありません。
人間は本質的に不完全な存在です。不完全であればこそ、自己の能力の過信に陥らず、常に謙虚で創造的・献身的であるためにも「超越せるもの」の存在や「人知を超えた真実」に気づくことが大切です。科学は人類に恩恵をもたらしていますが、絶対ではありません。
昭和41年の中教審「後期中等教育の拡充整備について・第20回答申」には、「生命の根源すなわち聖なるものに対する畏敬の念が真の宗教的情操であ」ると明記されています。「生命の根源」や「聖なるもの」を視野に入れない「いのちの教育」は形骸化したものとなり、これでは「生かされているいのち」「自分のいのちは自分だけのものでない」という自覚を育てることは期待できません。「宗教知識教育」「宗教文化教育」は、子どもたちの宗教的な感性や宗教的情操の基礎を涵養し、「いのちの尊厳」や「思いやりの心」を育むとともに、豊かな人間性の基盤を形成して、「自立的に生きるために必要な生きる力」の根底を支えるものとなると確信いたします。
次期学習指導要領等の改訂にあたり、以上の諸点につきましてご留意賜り、さらにご審議、ご高配くださいますようお願い申し上げます。
以上